こんばんは。

週末に映画『ハウス・ジャック・ビルト』を観てきたのでその感想を少し書こうと思います。
どうせこのブログ読んでる人でこの映画観ようと思ってる人なんて(たぶん)いないだろうし、気になってるならとっくに観に行ってるだろうと思うので、普通に映画の内容もめっちゃ書いていきます。

http://housejackbuilt.jp/


ストーリーを1行で言うと「建築家志望で連続殺人犯のジャック青年が今までやってきた殺人行為の独白」。

ジャックくんいわく「ランダムに選んだ」5つのエピソードが順に語られます。
監督は一部界隈では有名なデンマークの狂人、ラース・フォン・トリアー。観客を不愉快にする映画作りに関しては(僕の中で)定評があります。
まぁ実際に観たことあるのは『ダンサー・イン・ザ・ダーク』と『アンチクライスト』くらいなんですけど。どっちもあんまりおすすめしません。
『ニンフォマニアック』とか興味はあるんですが今の所まだ観れてないです。いや別にファンじゃないですよ。
ジャックの話に戻るわけですが、この作品実はカンヌで上映されておりまして、その時に100人くらい退場者が出たとか出なかったとか。で、残った観客は絶賛してたとかしてなかったとか。
そんな事言われると観たくなってしまいますよね。

公式サイトに載っていたあらすじはこんな感じ。
「1970年代の米ワシントン州。建築家になる夢を持つハンサムな独身の技師ジャックはあるきっかけからアートを創作するかのように殺人に没頭する・・・。彼の5つのエピソードを通じて明かされる、 “ジャックの家”を建てるまでのシリアルキラー12年間の軌跡。」

この手の映画に出てくる殺人犯っていろんなタイプがいると思うのですが、
キャッチコピーの「ゾッとするほど、魅力的」といい、主役のジャックに対してスマートな感じの異常殺人者といいますか、サイコメトラーEIJI風に言うと秩序型のシリアルキラーといいますか、そういうイメージを抱いていたのですが、実際映画を観てみると裏切られたというか、ぶっちゃけ予告詐欺の部類なのではという印象を受けました。

というのもこのジャックくん、最初の殺人の時点で急にキレて車持ち上げるジャッキで(ジャッキは英語でjackということをこの映画で知りましたが、会長レベルのダジャレですね)顔面ぶん殴って殺すわ、言い訳が下手すぎるわ、なぜか死体を車の後ろにぶらさげたまま走らせて道中に血の跡つけるわでやることが短絡的かつむちゃくちゃなんですよね。吉良吉影とかテッド・バンディみたいな、殺人衝動はあるけど殺人自体はスマートにやる、みたいなイメージだったので完全に裏切られました。

このジャックの特性が(クソ不謹慎だけど)笑えるというか、変な愛嬌になっているのはこの映画の面白いところだと思います。
常日頃「ホラーとギャグは紙一重」だと思っているのですが、まさにそんな感じ。この映画のジャンルがホラーで合っているかどうかは置いといて。
特に2番目のエピソード、ジャックくんが(なんでかわからないけど)下手くそな嘘をついておばさんの家に侵入し、首を絞めたあとナイフで胸を刺したまではよかった(良くない)のですが、強迫性障害のジャックくんが家のいたるところに血の拭きのこしがないか心配で何回も、何回も、警察が来てるのに確認に戻ってしまうのは普通に笑ってしまいました。
文章にしてるとそんなシーンで笑ってるの頭おかしいんじゃないのかよって感じですが本当に絶妙に笑えるんですよ。いつも偉そうにしてる吉良吉影がうっかり早人殺しちゃってガチで焦るみたいな、そういう愛嬌?に近いんですかね(伝わってくれ)。気になった方は是非劇場に。
その若干お間抜けなところに加えて、建築家を夢見て、家を建てようとするけどそっちはあんまりうまく行かなかったりするところだったり、殺人を芸術に見立てて大層な芸術論を語ってみるけど殺人方法や証拠隠滅は雑だったりと、どう見ても狂ってるんだけど冷徹な殺人マシーンでもない。「変に人間味のある」ジャックのキャラ、この作品の魅力の1つだと思います。重ねて言うけど予告詐欺だとは思います。

でもやっぱりジャックの本質は狂った殺人犯であって、第3のエピソードは笑いどころがなくて陰惨だったり。上述の「他人を不愉快にする映像」に関してはやはり遺憾なく発揮されております。
殺人犯が出てくる映画とか、いわゆるスプラッタ映画は割とよく観るので、残酷描写とかは割と慣れたんですけど、子供と動物が殺されるのはさすがの僕でもこたえるので、そういう意味で第3章は辛かったですね。とはいえ他の章では、基本的に見るからにムカつく頭の悪そうな女性(監督の女性観がちらついているようで不安になります)が殺されていくので、そういう意味ではストレスフリーだったり。なんかこの文章やばいですね。インターネットに公表していいのか。

微妙だったのは終盤急に地獄巡り(比喩ではない)始めるところ。いかにも海外ホラーって感じでしたが、僕はあんまり好きじゃないんですよね。
こういう作品たくさん見てる人はわかってくれるかもしれませんが、本当にこういう作品多くて、普通のホラーだと思ってたら急に終盤悪魔やら邪神やら悪魔祓いやら出てくる作品、1つや2つじゃないと思うんですよね。僕からすると「????」って感じなんですが、キリスト教の世界観が根底にある人はしっくり来るものなんでしょうか。まぁ最近は慣れてきて「ああまた悪魔オチね…」みたいになってきた部分もありますけど。

最後まで観ると「これ"ジャックの家"の映像作りたかっただけだろ…。」っていうのが感想のほぼ全てであり、筋書きや監督がこの映像に込めたメッセージも他人に説明できるほど理解しきれているとは言い難い映画なのですが、少なくとも『アンチクライスト』に比べればやりたいことは分かるし、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のように主人公に対してヘイトしかたまらないわけでもないので、トリアー監督の映画としてはキャッチーと言うか、とっつきやすい映画なのかなと思いました。この監督の映画に興味があるとかならぜひ観てほしいですね。心が不安定になる映像を観てみたいっていう人には特にお勧めです。そういう奇特な人であれば『アンチクライスト』も結構おすすめなんですけど…。

こういう映画を観ていると「なんでわざわざお金を払って嫌な気持ちになる作品を観るの?」とよく聞かれます。ぶっちゃけ自分でもなんでこういう映画を観たくなるのかよくわからないのですが、「自分とは全く違う価値観に触れる」という理由はあるのかな、と思います。
僕が尊敬している作家さんが「読書とは、他人の人生を追体験することである」みたいなことをよく書いているのですが、これは本当にその通りで、なおかつ読書に限らないと思うんですよね。普通人間って自分の人生しか生きられないけれど、本だったり映画だったりを通じて自分とは違う誰かの人生、考え方を追体験できて、それが自分の考えを深めてくれたり、人生における引き出しを多くしてくれるのだと(割と本気で)思っています。
で、その時に、自分が登場人物(ひいては作り手)に共感できる、感情移入できる作品ばっかり観ててもしょうがないかな、というのがあります。
正直この映画を観てもジャックの考えてることなんてさっぱりわからないし共感できるわけもない(まぁ同情できる点が全くないとも言えないのですが)し、なんならトリアー監督なんて映画作りの才能がある狂人でしかないと思ってるのですが、少なくともこの作品(他のもですけど)からは作り手側の情熱をしっかりと感じるし、芸術と称して殺人を重ねるジャックからも(自分とは全く交じり合わないけれども)ある種の悲しい生き様をみることができます。作品に触れることが「他人の価値観・考えを知る」ことに繋がるなら、必ずしも「共感できる、感情移入できる」ものばかり観る必要はないのかな、と思います。別にストレス発散とか癒やしを求めてフィクションを漁ってるわけでもないので…。
(まぁ偏差値が20くらい下がってくような頭すっからかん作品も好きだったりするんですけどね!)
特にこの映画、不快な表現だらけだけれど観ていてストレスがたまるような作品ではないと思いますし、そこは自信持っておすすめできるかもしれません。
「登場人物に共感できない」ことと「登場人物がアレすぎて観ていてストレスがたまる」ことは違いますからね。後者の例はわざわざ挙げませんが。

その「自分とは違う価値観を持っている他者の人生を追体験する」というキャンペーンの一環で、銀座で開催されている「シリアルキラー展2019」に行ってまいりました。
https://www.vanilla-gallery.com/archives/2019/20190618ab.html
読んで字のごとく、歴史に名を残す連続殺人犯のみなさんが残した絵だったり手紙だったりが展示されているのですが、なんとこの展覧会、『ハウス・ジャック・ビルト』の半券を持っていくと料金が400円引きになるんですよね。なんとお得。サイコ×サイコの夢のキャンペーンですね。
ちょうど友人が行くと言っていたので連番させていただくことにしました。ソウルメイトって感じですね。
銀座、殆ど行くことがない街なのですが、あまりの上流階級感にめまいがしそうでした。
展覧会をやっている画廊に到着すると、めちゃくちゃ並んでて、シリアルキラーに対する世間の関心の高まりを感じました。若い女の子とかすごく多かった気がします。世も末では…?
結構な待ち時間の後に中に入ると、連続殺人犯の紹介文と彼らが描いた絵や手紙がびっしり。
ジョン・ゲイシーやエド・ゲインみたいな有名人(?)もいれば、正直あんまり名前を知らない人や、ボニー&クライドみたいな「いやお前シリアルキラーではないだろ…。」って感じの人まで結構幅広かった印象です。「殺人犯の描いた絵」といえば、展覧会のメインビジュアル(上のリンクからお願いします)になっているジョン・ゲイシーのピエロの絵が多分一番有名だと思います。僕はあの絵はジョニー・デップが持ってると思ってたのですが(彼はそういうの集めるのが好きなんだそうです)、同じような作品を(獄中でも)大量に作って販売していたということをここで初めて知りました。商魂たくましいというかなんというか…。
展覧会では作品の横に、各シリアルキラーの生い立ちや、所業の説明文がついているのですが、まぁだいたい生育環境に問題があるんですよね。少なくとも展示されてたシリアルキラーの皆さんは9割方子供の頃に虐待されてるし、性的虐待もデフォで、女装させられたみたいなのも散見されました。自分は一般的に見れば十分幸せな家庭で育ってきたと思うので、彼らの生い立ちの悲惨さは想像するのも難しい部分があるのですが、彼らを「トチ狂った、自分とは別の世界にいる人間」と簡単にカテゴライズしてしまうことには違和感を感じます。もちろん彼らに人生を奪われた人が数え切れないほどいることは事実ですが、シリアルキラーにも「人生」があったという事実も重要かなあ、と。

シリアルキラーには結構興味があったので、かなり楽しめた展覧会でした。実はこういう人たちって、事実は小説よりも奇なりといいますか、フィクションの世界にも多大な影響を与えてるんですよね。今回展示されてたメンツだけでも『羊たちの沈黙』とか、『悪魔のいけにえ』とか、『モンスター』とかのモデルになったりしてます。『IT』のペニーワイズなんてモロにジョン・ゲイシーだし。
なんなら展覧会を見てて「これ『ハウス・ジャック・ビルト』で使っただろ!」みたいなエピソードも何個かありました。車で引きずるやつとか。
彼らの生き様だったり、残した言葉や作品に触れることで、そういう作品を観た時の理解が高まったり、楽しみが増えるっていうのはあるかもしれません。ただのモンスターみたいに描かれていることも多々あるのですが、まぁそれはそれで。『IT』の続編も楽しみですね。
そして世の中にはこういうのが好きな若者がいっぱいいることも学べました。実はマジョリティなのでは?

ということで、シリアルキラーの映画とシリアルキラーの展覧会の話でした。
なんかネットに公開していいのかよくないのかわからない危うい文章になってしまいましたが、まぁいいや…。

おやすみなさい。